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広島高等裁判所 昭和46年(う)295号 判決

控訴人 被告会社ならびに被告人

被告人 三新化学工業株式会社 外一名

弁護人 小河正儀

検察官 斉藤正雄

主文

本件各控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は全部被告会社ならびに被告人の連帯負担とする。

理由

本件各控訴の趣意は弁護人小河正儀作成の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する検察官の答弁は同作成の答弁書記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

所論は要するに、原判決が原判示化学設備の一部をなすダクト(導管)の内部に付着した硫黄粉末を取り除く作業を行なうために、ダクトの掃除口に取り付けられた盲フランジ(管の末端を閉塞する盲板)を取り外して、これを開放することが、労働安全衛生規則(以下、規則という)一三七条の七に規定する化学設備の清掃作業をする場合に該り、かつそれが同条所定の化学設備の分解作業に該当するものとして同条を適用したことは法令の適用を誤つたものである、というのである。

よつて按ずるに、同条が化学設備やその付属設備の改造、修理、清掃などのために、これらの設備を分解する作業や内部作業を行なうに際し、あらかじめ作業の方法と順序を定めるとともに、作業の指揮者を定め、その者に危害を防止するため必要な措置を行なわせるべきことを規定したのは、これらの作業に際し、化学設備の内部に残留している危険物や、設備に連絡している配管を通じて漏洩してくる危険物によつて、その作業に従事する労働者が危害を蒙る危険のあることにかんがみ、かかる危険を防止するため、右の措置を行なわせるべきことを定めたものと解される。そこで、いまこれを本件についてみると、原判決挙示の証拠ならびに当審における事実取調の結果によると、(1) 原判示工場設備は、ゴムの加硫促進剤等の製造過程において生ずる廃ガスである毒性の強い硫化水素ガスを、水蒸気と硫黄とに分解処理し、同時に硫黄を回収することを目的とする化学設備であつて、原判示の作業は、右化学設備の操業に伴なつて、その設備の一部をなす水洗滌塔から出る残留硫化水素ガスを排気塔を通じて大気中に放出する過程において、水洗滌塔上部から排気塔までの間をつなぐダクトの内部に次第に硫黄の紛末が付着し、これが右硫化水素ガスの流通を阻害し、ひいては反応炉の圧力を増大して硫化水素ガスの漏洩をも生ずるおそれがあるため、右化学設備の操業中、八時間毎に一回宛、各種バルブを完全に閉止するなどしたうえ右ダクトの途中に設けられた掃除口を開けて、ダクト内部に付着した硫黄の粉末を取り除く作業をいうものであること、(2) 右のダクトは直径二〇センチメートルの円筒形の鉄製導管で、途中四ケ所において、屈曲して水平部分、垂直部分、傾斜部分をなし、これらの屈曲部にはそれぞれ合計五ケ所に及ぶ掃除口が設けられ、該掃除口にはいずれも盲フランジが取り付けられていること、(3) 右盲フランジは直径三三センチメートル、厚さ二センチメートル、円周部に一二個のボルト穴のある鉄製菊型フランジで、ダクトとの接着箇所には、ガスケツト(薄板状のパツキング)を嵌め込み、四分の三インチのボルト、ナツト数本でダクトへの取付部に緊締する仕組みになつていること、(4) このような掃除口の構造は、もし外気が掃除口からダクトの内部へ流入すれば、水洗滌塔から出る残留硫化水素ガスを排気塔へ導出する排気フアンの効率が低下して、硫化水素ガスの流通を阻害し、ひいては反応炉の圧力が増してダクトの硫化水素ガスの漏洩や、燃焼炉内の硫化水素ガスの爆発する危険があるため、これを防止するために操業中は掃除口を厳重に密閉してダクトの内部を外気から完全に遮断する必要を考慮したことによるものであること、(5) 原判示工場労働者高田修、同矢富満敏が昭和四四年六月一八日誤つて右化学設備に設置された反応ガスバルブを完全に閉止しないまま、前記ダクトの内部に付着した硫黄の粉末を取り除く作業に着手すべく、右掃除口の盲フランジ一個を取り外したため、該部から硫化水素ガスが漏洩して、右高田修及び同工場労働者一山勇が硫化水素中毒によつて死亡し、右矢富満敏ら同工場労働者五名が同中毒に罹患する事故が発生したことが認められる。

(一)  そこでまず、原判示の作業すなわち、右に認定したダクトの内部に付着した硫黄の粉末を取り除く作業が、果たして規則一三七条の七所定の化学設備の清掃作業に該るか否かの点から検討するに、右に認定した作業の目的、内容、とくにそれが前記のように作業の手順を誤ることによつて、毒性の強い硫化水素ガスの漏洩を生ずる危険のある作業であることと、一方、同条の規定の趣旨、とくにそれが前記のとおり危険物の漏洩による労働災害の防止を立法の眼目としていることに徴すると、右の作業は同条にいう「化学設備の清掃」を行なう場合に該るものといわなければならない。

所論は、同条が清掃を改造、修理と併列的に規定している条文上の文理に照らしても、ここにいわゆる「清掃」とは、改造、修理に比すべき程度のもの、すなわち一定の期間を置いて行なう定期検査のように長期間にわたつて設備の運転操作の停止を伴なう場合のみを指称すると解すべきものであつて、本件の場合のように設備の操業中八時間毎に一回という高い頻度で日常的に行なわれる清掃はこれに該らないという。しかし、同条が「改造、修理、清掃等を行なう場合……」と定めたのは、単に作業規模の大きい設備の改造から、これが小規模なものへと順次列記したにすぎないものと認められるから、同条が所論のように清掃作業のうち、とくに改造、修理に比すべきほど作業規模の大きいもののみに限定して適用されるべき趣旨を定めたものであるとは解されず、また作業の頻度や所要時間の長短のごときは、同条にいう清掃の観念を左右すべき事由とは考えられない。

(二)  ついでさらに、右化学設備の一部をなすダクトの掃除口に取り付けられた盲フランジを取り外す作業が、同条の定める化学設備の分解作業に該るか否かの点について検討するに、前記認定事実に徴して明らかなように右盲フランジを掃除口から取り外してこれを開放することは、ただちに右化学設備の一部をなすダクトの機能を失なわしめ、ひいては残留する硫化水素ガスの漏洩や、燃焼炉内の硫化水素ガスの爆発の危険を生ずるため、右化学設備全体の操業に密接な関係を有するものであるから、このような盲フランジが化学設備全体のうちに果たす機能に着眼すると、それは単にダクトのみならず、右化学設備に不可欠の本質的な構成部分であつて、化学設備の単なる付属的な部品であるということはできないばかりでなく、また右盲フランジの構造、すなわち右化学設備の操業中は、つねに数本のボルト、ナツトによつてダクトの掃除口に緊締され、いわばダクトと一体的、不可分的な構造をなしていることにかんがみると、右盲フランジのボルト、ナツトを外してダクトとの緊締状態を解き、ダクトから分離してこれと別個の独立した一個の部品としての状態におくことは、同条にいわゆる「分解」に該るものといわなければならない。

所論はこの点について、右掃除口の盲フランジは、数本のボルト、ナツトを抜き取ることによつて、容易に取り外すことが可能なのであるから、右盲フランジを取り外すことは、単なる掃除口の「開閉」というべきもので、同条にいう「分解」には該らないという。しかし、同条が労働災害の防止という見地から、分解作業を規制の対象としたその立法の趣旨にかんがみると、化学設備からその一部分を分離する作業が果たして同条にいう「分解」に該るか否かは、単に取り外し作業の難易などによつて決せられるべきものではなく、右にみたように当該部分がその化学設備の中において果たす機能的な役割や、構造にもとずいて判断されるべきものといわなければならない。したがつて、所論指摘の点は到底右の認定を左右すべき事由とは認められない。

してみれば、原判決が、原判示作業は同条の定める化学設備の清掃のための分解作業に該るものとして、被告会社ならびに被告人に対する原判示事実につき、同条のほか原判決の掲げる法条をそれぞれ適用処断したことは正当であつて、なんら所論の違法はなく、論旨は理由がない。

よつて、刑事訴訟法三九六条に則り本件各控訴を棄却し、当審における訴訟費用については同法一八一条一項本文、一八二条によりその全部を被告会社ならびに被告人に連帯して負担させることとして主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 粟田正 裁判官 久安弘一 裁判官 片岡聰)

弁護人小河正儀の控訴趣意

一、原審判決は法令の解釈適用を誤つておる。

(イ) 本件の犯罪事実については原審判決認定の通りである。

(ロ) 即ち被告会社は山口県柳井市大字柳井一五〇番地に本社並びに工場、及び山口県熊毛郡平生町大字平生町字長浜五三一番地に平生工場を置きゴムの加硫促進剤等の製造販売業を営むもの、被告人河岡啓太郎は同会社の副社長で製造部長であり且つ主任安全管理者の地位にあつて同工場内の労働者の安全に関する事項を決定する最高責任者として事業主である被告会社のために行為していたものであつたことは之を認める。

(ハ) 同工場で製造する加硫促進剤の製造工程に於て発生する廃ガスである硫化水素は従来燃焼して亜硫酸ガスとして之を大気中に放出していたが公害防止の為めに、昭和四一年一二月大同化学装置会社のプラントを導入して硫化水素を硫黄と水に分解して硫黄を回収する方法を採用して翌年一月以来操業を続けていた処、昭和四四年六月一八日本装置取扱作業負の過失に因り廃ガス(硫化水素)流出の事故を起して従業員から死亡二人、中毒症状五人の入院患者を出したことは寔に申訳なく遺憾の極である。

(ニ) 本件事故の原因について調査の結果当日の当番担当者高田修がダクトの掃除をする際「大同式クラウス炉硫黄改修装置標準運転操作要領書」(弁一号証)の定めに反して反応ガス手動弁の閉し方不十分の儘作業を開始した為に硫化水素が漏洩流出して本件事故を起したことが判明した。

(ホ) 此工場の勤務方法は二人一組、四組三交替制で各八時間宛の勤務になつておる。尚本硫黄回収装置はダクト内に硫黄が溜るので八時間毎にダクトのフランヂを開いて滞留した硫黄を取除く作業をしなければならない。毎日勤務の三組の作業員は各一回は本作業を行つておるので此作業には慣熟しておる筈で平素から十分な指導をして来て本件の様な事故は本装置導入以来起つていなかつた。

(ヘ) 原審判決は本件事故を化学設備又は化学設備の改造、修理、清掃を行なう場合であつて、これらの設備を分解する作業を行なうに際しての違反として労働安全衛生規則第一三七条の七を適用して同条所定の事項を行なつていないとして有罪の判決をしておる。

(ト) 然し労働安全衛生規則第一三七条の七は本件の如き平常作業の場合に適用せられるものでない、即ち法文の示す如く化学設備又は化学設備の付属設備の改造、修理、清掃を行なう場合に設備を分解する作業を行ない又はこれらの設備の内部で作業を行なう場合に事業主が為すべき諸種の事項を定めたものであるが、本件が「設備の内部で作業を行なう」場合でないこと自明である。而して「設備を分解する作業」でもない原審に於て弁護人の弁論を聞いて検事は急に結審した本件の弁論再会を申請して本件も化学設備の清掃を行なう場合でメクラフランヂは数本のボールナツトで固く締めつけてあるから之を開くことは分解作業であると追加論告をしておるが数本のボールナツトをゆるめて開ける作業は分解とは言えない只開閉に過ぎない之を分解と解して本条を適用することは牽強附会の意見である原審判決も検事の意見をその儘採用して本件に本条を適用しておることは法令の解釈適用を誤つたものと言はざるを得ない。

(チ) 或は原審裁判所は解釈の誤りを知りながら本件の如き重大な結果を及ぼした事件に対して処罰出来ないとなれば社会的影響が重大であると考えて敢えて此ゴジツケ理論を採用して法を枉げたとも考えられるが、我が国の現行憲法及び刑事法令は罪刑法定主義を堅持しており勝手にその解釈適用を左右することは許されぬ。

(リ) 労働安全衛生規則第一三七条の七の解釈について

労働省労働基準局労災防止対策部編集の「改正労働衛生規則の解説」に於て「本条は化学設備やその附属設備についての内部作業や分解作業を行なう場合に作業の方法と順序を定めるとともに作業の指揮者を定めその者に危害防止上必要な措置を行はせるべきことを規定したものである」としており解説に於て「化学設備やその附属設備の改造、修理、清掃などのために解体作業を行なつているとき又はその設備の内部で塗装、改造、修理、検査などを行なつているときに残留していた危険物又は連絡している配管から漏洩してきた危険物によつて危害をこうむる事例が少くないそこで本条に於てはこのような危険を排除する為めあらかじめ作業の方法と順序を決めるとともに作業の指揮者を定めてその作業方法等の周知や危険物等の漏洩防止に必要措置を行なはせるべきことを定めたものであると記述しており長時間に亘り、平常作業を停止して臨時的に改造、修理、清掃等の作業を行なう際の規定であつて本件の如く短時間の日常作業の場合を規定したものではない。

その理由は改造、修理、清掃等と併記して此際の清掃とは改造、修理に準ずる清掃であつて日常の作業として行なう清掃に本条に規定する様な当該作業の方法及び、順序を決定するとか当該作業の指揮者を定めるとか等大袈裟な事項を行なう義務を課しておる、本件の如く毎八時間に一回、一日三回の作業を行なう場合、其度毎にかかる事項を行なう義務を課することは考えられぬことである本条規定の清掃とは同法一三七条の九の規定する定期検査又は之に準ずる場合を指すものである前示解説に社外発注請負業者の作業についても適用のあることを記述しておることからも日常の作業に適用あるものではない。

(ヌ) 尚分解とはバラバラに解体することで化学設備の一部を(設備は其儘として)数本のボルトで止めてあるとはいえ取外しの出来るフランヂを取外す作業を分解と解することはコジツケと言はねばならぬ、本令中「分解」の文字を用いておるのは本条の七と八に規定しておるのみである本条の八は「化学設備又は化学設備の附属設備をはじめて使用する場合、分解して改造若しくは修理を行なつた場合」に使用者の行なうべき事項について規定しておるが此条項から見ても分解とは本件の如き場合を言うものでないことは明瞭である。

(ル) 本件事故が被告会社の使用人が担当業務作業中その過失に因つて起したとは言え被告人等に於て平素の指導監督を十分行なつていたとしてもその責任の重大であることは痛感自責をしてはおるが、罪刑法定主義を堅持しておる我が国に於て本件事故に対して原審判決が労働安全規則第一三七条の七を適用して被告人等を処罰したことは法令の適用を誤つたもので破棄を免られぬものである速かに被告人等に自判無罪の判決あらんことを望む。

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